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キャッシング・利子について

利子情報・利子の歴史

利子は現代社会の生活においては疑うべくもない生活の一要素である。預金に対する金利の利率が低ければ預金保有者の生活に影響が出るとして、一定以上に保つことが要求される側面がある一方で金銭を借りる側の立場からすると、金利は低ければ低いほど良いと考えることができる。

長いスパンで見ると、現代のような利子、それも複利の利子による経済が堂々と大規模に行われるようになったのは最近のことと言える。利子を禁ずるというのは、現代では奇異なことのように思われるかもしれないが、世界史の流れの中では取り立てて特異なことではない。

アリストテレスはその著書『政治学』の中で、「貨幣が貨幣を生むことは自然に反している」 と述べているし、旧約聖書においても「あなたのところにいる貧しい者に金を貸すなら(中略)利息を取ってはならない」 (出エジプト記22:25)、あるいは「金銭の利息であれ、食物の利息であれ、すべて利息をつけて貸すことのできるものの利息を、あなたの同胞から取ってはならない」(申命記23:19)と記されている。

註:旧約聖書は、正確には「貧者」と「同胞」への利子を禁じているだけである。申命記23章20節では外国人からは利息を取っても良いと明言している。キリスト教とユダヤ教は互いに異教徒であるため、この規定から『ヴェニスの商人』に見られるような「ユダヤの金貸し」の増大を招いたという見方もある。だが実際には、中世ヨーロッパの金融を支えていたのはイタリア人キリスト教徒であった。
また、単に借金の棒引きとイコールで捉えられることの多い、日本史で登場する「徳政令」であるが、基本的には「利息がついている契約」のみが対象であった。借金の返せない民が増え、徳政令の出番となるのは、多くの場合「元本を返済する能力があったとしても利子(鎌倉時代当時の言葉で「利平(りひょう)」と言った)が膨らんでしまう」ためであった。

さらに、シルビオ・ゲゼルは金利が社会にもたらすさまざまな悪影響について考察し、自由貨幣と呼ばれる減価する貨幣の導入で金利を廃止しようとした。

さらに、「利子」は「単利」の場合のみ認めるが、「複利」(利子の額を元本に組み込んで計算する)の利子つき金融を認めない例もある。(ローマ法以来、多くの立法例で複利計算は禁止されていた)

複利計算に関しては、復古主義としてではなく、近年の脱資本主義的思想・運動からの疑義もある。マルグリット・ケネディはこのようなたとえを用いて複利計算の矛盾を問うている。
ヨゼフが息子キリストの誕生のとき(西暦1年か紀元前4年かは不詳)に、5%の利子で1プフェニヒ(100分の1マルク)を銀行に預けたとする。
彼が1990年に現れたとすると、地球と同じ重さの黄金の玉を、銀行から13億4000万個、引き出すことができることになる。
宗教的な側面からの禁止規定は、利息を、労働なくして得る所得=「不労所得」として卑しむ考えからである。それではなぜ、現代のヨーロッパ主導の世界的経済体制の中で、利子つき金融、それも複利計算のものが圧倒的主流を占めているのか、という疑問が生じる。

かつてはキリスト教会によって、前掲の旧約聖書の規定に基づき、利子つき金融は戒められていた。しかし利子を取る金融を、不当なものとして排除してきた教皇庁が、税金や給料を払うための「補償金」という名目において事実上認めたことから、以降人目を避けずに利息つきの金銭貸借ができるようになり、新しい両替商たちが成長し、ルネサンスの原動力となったという。

13世紀に登場した新しい「両替商」たちは、それ以前(中世)の「金貸し」が封建領主の「消費」のために活動したのに対し、市民から集めた資本を、貿易商人たちの商品購入資金や、工場主たちの設備投資のために、つまり「生産」と「流通」を対象に信用貸しをおこなった。積極的な是認としては、1545年にイギリスでヘンリー8世が10%以内の利子取得を認める法令を発布している。また、カトリック教会ものちに(19世紀)利子を容認するようになった。

江戸時代の日本では商人が名目上とは言え「士農工商」の第四層に置かれたように、また中世ヨーロッパでも商人の利潤追求は社会倫理と無関係あるいは相反するものと捉えられてきたことなどから見えるとおり、「商業」は生産を行わずに物品を動かすだけで利益を挙げる「不労所得」に類するとの観念が様々なところで見られるが、たとえばイスラームにおいてはそうではない。開祖ムハンマド自身が交易商人であったし、その教えの中で商業(利潤の追求)は大いに推奨されている。にもかかわらず、利子はリバーと呼ばれ、やはり不労所得として禁止されてきた。それは、頭脳労働やリスクを伴わない所得とされたゆえである。(イスラム世界の銀行制度についてはイスラム銀行を参照。)

なお、利子そのものを禁じていない文化でも、高利に対する規制は厳しいことが多かった(たとえば江戸幕府の開府当初は年率20%が上限。元文1年(1736年)には15%)が、それに対する金融業者(高利貸)は、名目上は「利子」ではない「手数料」(これはイスラーム圏でヒヤルと呼ばれるものに似ている)ということにして、取り立てていた。天保13年(1842年)の法令では法定利率が年率12%に引き下げられ、礼金・筆墨料などの名目で利子を余分に取ることなどが禁じられたが、「禁じられた」ということは、少なくともそれまで江戸の金融業者たちは、法定利率以上に徴利していたということが逆に分かる。

こうして疎んじられてきた「利子」であるが、金融業の立場からすると、インフレやデフォールト(債務不履行)のリスクがあることや、事業・担保の評価を行わないと事業として継続してゆくことが不可能であることから、不労所得と言うことはできない。
タグ:利子の歴史
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